税務司官邸として建設された「小白宮」
そもそもこの建物はどういう場所だったのか。その歴史を少したどってみたいと思います。
淡水港が開港されたのは清の時代の1862年。海外貿易に対する徴税を行う「洋関」を西洋人に任せるため、彼らの宿舎が必要になりました。そこで税関が、周辺の土地を買い上げ、外国人職員の住居を建設したことが始まりです(1875年)。そのうちのひとつが税務司官邸(現在の小白宮)でした。
戦争中に破壊された税務司官邸はのちに日本の税関長によって建て直されますが、淡水港が衰退するにつれ、官邸は次第に廃墟と化していきます。
戦後は台湾の総税務司長官の官邸として利用されていました。ところが1990年代、ここを取り壊し、新たな職員宿舎を建設するという計画が財政部で持ち上がります。これに黙っていなかったのが地元団体や専門家たちです。小白宮保存への訴えは内政部に届き、97年に第3級重要文化財に指定されることとなりました。
正式名称は「前清淡水関税務司官邸」(2005年に改名)ですが、真っ白な壁をしていることから、別名「小白宮(リトルホワイトハウス)」とも呼ばれています。
高貴な雰囲気を醸しだすうつくしい西洋建築
冒頭の写真を見てもわかるとおり、現在は庭の手入れが行き届き、汚れが目立ちやすい純白の壁もいたって清潔に保たれています。館内の各部屋には淡水税関の歴史にまつわる資料が展示されているで、入り口で日本語のパンフレットを入手しておくと良いでしょう。
この地域周辺に多く見られるコロニアル建築様式が、小白宮でも採用されています。写真のような屋根付きの長い回廊、大きな窓、土台が底上げされていることなどが特徴です。
こうした建築様式は“別荘”を意味する「バンガロー建築」とも呼ばれていて、遠く離れた地からやってきた西洋人が祖国を懐かしんだといわれています。
陽の光がよく差し込む南向き、正面のバルコニーからは淡水河と八里の風景が一望できます。世界遺産登録に相応しい景観と、深い歴史を持つ小白宮は、過去にはドラマの撮影地にもなりました。
ここに訪れたらぜひ、すぐ裏手にある淡水中学や紅毛城へもあわせて足を運んでみてください。次回は滬尾(こび)砲台をご紹介します。
【前清淡水関税務司官邸(小白宮)】
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