午前10時、滞在先の淡水からMRTを乗り継ぎ、小雨のちらつく松山空港に到着しました。搭乗手続きを済ませ、いつもより若干小さめの国内線飛行機に乗ること、約1時間。金門島唯一の空港・尚義空港に到着すると、雨は止み、気温は18度とやや涼しい秋の曇り空でした。
空港を出てすぐ、これから宿泊する予定の民宿のオーナーに手配されたタクシーに乗り込みました。ここ金門島には電車が走っておらず、バスの便も少ないため、このようにホテルや民宿からタクシーを呼んでもらうか送迎サービスを利用するのが良いでしょう。
同乗者には、別の便でやってきた台湾人の女の子が2人。私とはべつの民宿へ向かうようで、彼女らは先に下車。私はもう少し中心地に近い、「水頭聚落(じゅらく)」で車を降りました。あたりは清の第6皇帝である乾隆帝の時代(清乾隆年間)に建てられたビンナン式住居が立ち並ぶ集落で、中華ドラマの時代劇にでも出てきそうな趣ある雰囲気です。
先人が築き上げた貴重な伝統建築の宿へ
赤と白のコントラストが美しい伝統的なビンナン式住居。 |
似たような建物が並ぶなか、門口に花や植木が飾られ、白地に赤い文字という目立ちやすい看板を掲げた、ひときわ華やかなビンナン式住居を見つけました。「おかえりなさーい!」という元気な声とともに現れたのは、この民宿の女性オーナー・黄さんです。台湾本島と違い、日本語を話す人はほとんどいない金門島。その語学力から、日本人観光客が安心して過ごせる民宿とされています。
ちなみに「聚落(じゅらく)」とは一族の連携と結束を意味する集落のことで、今でも各集落には同じ姓を持つ人が集まって暮らしています。ここ水頭聚落に多い姓は「黄」。オーナーの黄さんもそのひとりです。屋根の先が尖り、石を何段にも積み上げて作られた豪華な住居は、貿易ビジネスで成功し、お金と人材を豊富に持つ家族しか建設することができませんでした。
建物を支える天井の梁(はり)がひとつの家につき2本。それがこの民宿を含め全9棟並んでおり(全て黄一族のもの)、「十八間」とよばれる観光スポットにもなっています。民宿の名前もそこから取り、「十八支梁民宿(18本の梁を持つ民宿)」と名づけたそうです。
初めて足を踏み入れるビンナン式住居。入り口をくぐると、まずは中庭です。女性オーナーらしく、どれをとっても絵になりそうな、細かいインテリア小物があちこちに飾られています。
赤を基調としたレンガ模様の壁に、黄一族だということをあらわす「紫雲」と書かれた2つの大きなちょうちんが特徴的。このあと島のいたるところでお目見えすることになる金門のシーサーに出迎えられて、いよいよ建物の中に入ります。
庭のイメージとは一転、赤と黒がメインカラーの引き締まった空間です。明かりといったら、外から差し込む陽の光と天井に備え付けられたオレンジのライトのみ。わずかな明るみに照らされた中央のテーブルや壁はどれも新品のようにピカピカに磨き上げられていて、高級感をよりいっそう感じさせます。
両脇には木製の大きな扉が1つずつ。入って左側が客室で、右側は黄さんの甥っ子さんが暮らす部屋です。桃園出身の甥っ子さんは数ヶ月前からこの民宿を手伝っているのだとか。日本語がわからないとのことなので、中国語で挨拶をすると、少し照れ気味に言葉を返してくれました。
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続いて私が宿泊する客室を案内してもらいました。天然の木をつかった扉は、気候や湿度によって微妙に変形します。黄さんは、「付け替えたばっかりで、ちょっと硬いのよ」と言い、ドンッ!という音を立てながら勢いよく扉を開けました。
するとまず目の前に飛び込んできたのは、お姫様が眠るようなピンクの蚊帳つきベッドです。オレンジの淡いライトに照らされて透ける向こう側の壁には、中華圏でお祝いごとによく用いられる「囍」という文字が。随所におもてなしの心を感じます。
家具は木製で統一され、温かみのある雰囲気。ロフトへ繋がる階段は、素敵なインテリアの一部と化しています。客家でおなじみの桐の花が描かれたライトも、もちろん黄さんのチョイスです。
ベッドの脇から奥へすすむと客人専用のシャワールームがあり、こちらもまた清潔に手入れが行き届いています。ちなみに、部屋ではタバコはもちろん、飲食は禁止です。ただし、水、お茶、コーヒー、お菓子などは宿にあるものを自由にいただくことができるので、その際は建物の中央、吹き抜けのダイニングへ。飲みたいときに、いつでも自由にいただいてかまいません。日中は明るく開放的で、雨が降らなければここでティータイムを楽しんだり、朝食をいただいたりします。
夜はホームシアターにもなる吹き抜けのダイニング。 |
また夜になり、布製の巨大スクリーンをうえから下ろせば、あっという間にプライベートシアターに早変わり。今回は時間の都合上見ることができませんでしたが、金門島の歴史や文化を紹介する約2時間の映画を楽しむことができるんです。もちろん内容は中国語なので、この島で生まれ育った黄さんから日本語で詳しく解説していただくと良いでしょう。
ダイニングからみえる大きな部屋は、いわゆるリビングルームのようになっています。冷え込む日や雨の日はここで食事をするようです。また、黄さんや甥っ子さんがリラックスするためのスペースにもなっています。
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先ほどもお伝えしたとおり、この宿を含めた9棟の「十八間」は観光スポットになっており、日中は見物客が多く行き交います。世界遺産候補地とはいえ、私有地を一般の観光客が見学することを嫌がる住人は多く、実際、「中の見学は禁止です。勝手に入らないでください」というたて看板を入り口においている家もあります。ただ黄さんは、「閉鎖的にしたくない」との理由から、中の見学を希望する人を快く受け入れているのです。
本島のような二重扉でガチガチに防犯対策された家と違い、塀が低く、門がないという開放的な印象を受けるビンナン式住居。比較的治安が良いといわれる金門島だからこそ成り立つ生活スタイルなのかもしれません。
四季の色を織り成す、珠山聚落の宿を拝見
宿の名“陶然”には「うっとり酔いしれる」という意味がある。 |
水頭聚落(じゅらく)から南の方面に車で約5分。金門国家公園内に位置する珠山聚落にやってきました。黄さんの経営するもうひとつの宿、「陶然居民宿」を見学するためです。
食事をするダイニングテーブルは屋内に。建物の構造じたいは同じですが、家具やインテリア小物を変えることで、水頭聚落の宿とはまた違った雰囲気を味わうことができます。
客室は5部屋。「春の部屋」「夏の部屋」というように四季のテーマを持ち、それぞれのイメージに合ったカラーを壁紙にしています。予約の際に希望を伝えてみると良いでしょう。
このように、宿泊施設として申し分ない黄さんの民宿なのですが、実はこれだけにとどまりません。民宿という枠を越え、宿泊客の要望にあわせたさまざまな旅のプランを用意してくださるというのです。
一例を挙げると、屋外バーベキュー、中華圏の伝統的な結婚式はいずれもこの宿プロデュースで。ほかにも、野鳥の観賞がしたい、ウェディングアルバムの撮影をしたい、付きっきりで観光コースを案内してほしい!など、事前に伝えておけば可能な限り手配していただけるということです。かゆいところに手が届く、至れり尽くせりな旅を満喫できることでしょう。
他にはないアットホーム感とおもてなしで、ひとり旅でも楽しめる
台湾の民宿というと、あらゆるサービスが削られ、ただシャワーを浴びて寝るだけの、いわゆるゲストハウスタイプが主流です。一方こちらの宿はというと、私たち日本人が想像する「民宿」に限りなく近いものがあります。初日に宿で出迎えられたときに「おかえりなさい」といわれたことからもわかるように、まるで家族の一員になったかのようなアットホーム感が味わえるんです。
実をいうと私、観光で行きたい場所のめぼしはある程度つけていたものの、どんな時間配分でどうやってそこまで行くかまでは全く決めていませんでした。こちらのおおまかな計画を黄さんに伝えると、「それなら○時に○○のバス停へ行って、帰りはこのバスで……あっ、ここのご飯やさんはとっても美味しいからぜひ行ってみて!」と、地図を広げて詳しく説明。パンフレットと時刻表をもらい、旅の3日間、ほとんど迷うことなくスムーズに観光することができました。
こちらは2日目の朝食。台湾の朝食として定番の油條(揚げパンのようなもの)、お肉入りの焼きまんじゅう、それに「最近の若い人はほとんど作り方を知らないですね」と黄さんがいう、ピンク色のあんが入ったお餅などをいただきました。朝からテーブルを囲んで家族と食事なんて、遠い昔のことです。私からは前日観光した話を、黄さんからはガイドブックには載っていない金門島の秘密(?)なんかを教えていただきながら、のんびりと1日のエネルギーを蓄えました。お天気も良く、吹き抜けのダイニングには朝の済んだ空気が心地よく流れ込みます。
観光に出るためペットボトルに水を入れていると、「そこにスライスレモンを入れておくともっと体に良いですよ!」と黄さん。健康にウルサイ私に、スライスしたレモンをペットボトルの飲み口から4~5枚押し込んで持たせてくださいました。
さらには、「この近くの古跡を見に行くの?場所、わかる?」と、ものの100数メートルしか離れていない洋楼群の、しかも中まで一緒に入り、資料に書かれていないことを細かく解説してくださるという丁寧ぶり。どこまでが宿のおシゴトで、どこからがプライベートモードなのか、その境界線を探すのもバカらしくなるほど、本当の母のように甘えきっている自分がいました。
この日の午前中に予定していた観光を終え、滞在している水頭聚落(じゅらく)の有名なご飯やさんでテイクアウトし、一旦宿に戻りました。明るいダイニングで昼食をとろうと行ってみると、なんとまたまた黄さんが、お手製のワンタン麺線を作って待っていてくださったのです。
「このワンタンはね、台北のものとちょっと違うんです。母の味、食べてみて?」
自分で買ってきた魚のフライは後回しにして、早速いただいてみました。確かにこのワンタン、本島で食べているものより味が濃くしっかりしています。金門名物の麺線も、ツルっとしていて弾力があり、食べ応え充分。宿で出る食事は朝食のみだったはずなのですが、とんだ嬉しいサービスをしていただいたのでした。
旅のさいごにいただいたオリジナルノート。 |
こうして私の金門島旅行は、最初から最後まで、とても満足のいくものになりました。ひとえに、黄さんのおかげだといえます。
とはいえ、全てのお客さんに同じことができるかというと、状況によっては難しいこともあるかと思います。これほどまで何から何までしていただいたのには、私がひとり旅だったこともあるかもしれません。いずれにしろ黄さんなりに、気持ちよく過ごしてほしい、金門島のことをもっと深く知って、楽しんでほしい、と常に努力されていることはよくわかりました。それはおそらく、生まれ育ったこの地を誰よりも愛しているがゆえのことなんだろうと思います。
初めて来たのに、ふるさとへ帰ってきたような気分にひたれる宿。金門へ旅に出るなら、この地を知り尽くした黄ママの温かいおもてなしを受けてみませんか?
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縁側日記
続・Taipei, 15 years after
【楽活金門十八支梁民宿】
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